平和と暴力の独占

 平和な状態というのは、どのように保たれているのでしょうか。今日はこの点について考えてみたいと思います。

 たとえば、戦国時代を思い浮かべてください。地域の武将たちが、他の地域の武将と戦いを行っていました。地域の武将のそれぞれが、軍事力を持ち、互いに争いあっている状態です。

 さて、では、平和は何によってもたらされたのでしょうか。それは、中央的な権力が、武器を取り上げ暴力を独占するという政策によってです。

 織田信長は、仏教勢力から軍事力を取り上げるために、徹底的に打ち壊し、豊臣秀吉は、刀狩令によって、武士以外の身分から、武器を取り上げます。徳川家康は、参勤交代を、地域の武将に命じることによって、地方の勢力が拡大することを防ぎます。

 日本の例でいえば、武器を持つことを武士だけに独占させること、そして、暴力を独占している武士を中央である江戸幕府が管理すること。このようにして、平和がもたらされました。

 今の日本も同じで、軍隊と警察が暴力を独占しています。普通の人が、銃や刀を持つことは、違法でありますが、警察や軍隊には許されていますから、暴力を独占していることになります。

 そして、警察や軍隊自体が暴走してしまわないよおうに、文民支配下においてコントロールするという手法を採用しています。文民というのは、軍事力を持たない人たちのことです。これを、シビリアンコントロールといいます。

 僕自身は、各国の軍事力の均衡が平和をもたらすとはあまり考えられません。武器が増えれば、争いが増えると思います。みんなで、武器を減らせば、みんなの利益になるのに、自分だけが減らすと不利になるから、行動に移せません。こういう状態を、囚人のジレンマといいます。

 サービス残業囚人のジレンマですね。みんなで減らせば、みんなの利益になるのに、自分の会社だけが、減らせば、サービス競争と価格競争で勝てなくなって、つぶれていく危険があるので、自分だけではできない。こういう状態なので、サービス残業があまり減りません。