児童性的虐待裁判についての理解

 どうもエホバの証人の兄弟・姉妹の多くは、まだこの裁判の意味がよく理解できていないという人が多いような気がします。ちょっとありそうな反応を見てみますね。

エホバの証人の中には、そういう犯罪を犯す人もいる。(だから普通のことだ)

 それはそのとおりです。人がいれば、その中に性犯罪を犯す人が一定数います。だから、エホバの証人で、長老や奉仕の僕として働いている人の中にも一定数の性犯罪者がいます。

性犯罪を犯した人は、長老の立場を削除になったり、排斥されている。(ので、組織は悪くない)

 これはポイントがずれています。性犯罪が発覚すれば、そりゃ、その人は、長老や奉仕の僕の立場から下ろされますよ。いたってあたりまえのことです。

ものみの塔協会は性犯罪を犯して逃れることができるような環境を放置していた

 一言でずばりといいますよ、ものみの塔協会が悪い部分は、次の部分です。

性犯罪者が、性犯罪を犯して逃れることができるような環境を放置していた。また被害を知っていながら、改善策をまったく行わなかった。

 このことが問題です。こういってもまだ、これが悪いということについて、ぴんとこない兄弟・姉妹に、実例で話をしたいと思います。

自分の子供が長老にレイプをされて、子供が被害を訴えると排斥される

 あなたに小学生の子供がいるとします。長老は信頼できると思って、長老のところに遊びに行かせました。その長老は、実際は、小さな子供に性的いたずらをする癖を持っていました。そして、その子供は、長老から、性的ないたずらをされます。

 キスをされたり、体や性器を触られたりします。長老からは、このことは言わないようにと強く言われます。親は親で、そのことを知らないで、長老には従順でありなさいと子供に伝えます。親は、子供の被害を知りません。

 しかし、あるとき子供にも心理的な限界がきます。そして、性的にいたずらをされたということを、長老にいったとします。しかし、目撃者は、その子供ひとりです。ものみの塔協会のルールでは、目撃証人がふたりいない限りは、問題として取り上げることができません。

 しかし、性犯罪というのは、他の人が見ているところで犯すものでしょうか。それは、だれにも見ていないところで犯されるものです。それなのに、二人の証人のルールのせいで、会衆の長老はそれを問題として取り上げることができません。

 こうして、性犯罪を犯した長老たちは、逃げることができます。こういう環境をものみの塔協会は、性的被害の情報をたくさん持っていながら、放置していたのです。

 子供が訴え続けた場合はどうでしょうか。ひとりの人による訴えは、二人の証人のルールのせいで、意味がありません。反対に、訴え続けた場合は、長老は、その行為を、自分への反抗や中傷とみなすことができます。

 皆さんが知ってのとおり、中傷は、排斥事由の一つです。つまり、性犯罪を犯した長老が長老の立場にとどまり、性犯罪の被害を受けた子供が、中傷を理由にして、排斥されるということが起こっています。

 これは見えないところで起こっているので、もしかしたら、皆さんの会衆でも起こっている可能性があるのです。起こる確率は低いですけれど、もし起こったときは、その子供の心はどうなってしまうと思いますか。そのことを、考えたことはありますか。

 自分の子供にこのようなことが起こったらどうしますか。そして、これは、実際に起きていることです。だから、兄弟・姉妹たち、この問題に対して無関心でいないでください。無視して、笑って過ごしている場合でもないんです。

 少数の子供たちの涙の裏側に、多くの人の笑顔があったとして、それはうれしいことですか。それとも、先に問題解決に至って、みんなで笑いたいですか。どちらでしょうか。

 ものみの塔協会は、まだ会衆に対して、自分からは公式な発表を何ひとつ行っていません。不誠実なことだと思いませんか。