現代的考察 - スーツとネクタイはビジネス宗教の宗教着である

 僕たちは、来ているものによって、何かの存在をイメージする。たとえば、ローマ法王は、カトリック的な司祭の服装をしている。お坊さんは、法衣を着ている。イスラム教の人は、イスラム教的な服装をしている。神社の神主さんも、赤と白の着物を着ている。

 スーツとネクタイというのも、非常に特異な格好である。なぜホワイトカラーが皆あのような服装をしているのかという問いかけに、答えることができるだろうか。

 スーツとネクタイは、ひとつの思想であって、西洋的な、アメリカのウォール街的な服装です。

 なぜ人々が、スーツとネクタイをするかといえば、ビジネス宗教の中心地において、その服装をしなければ、取引してもらえないからです。ビジネス宗教の中心地において、その服装をしなければ、マナー違反なのです。

 日本人がスーツとネクタイを着用するようになった経緯は、西洋諸国やアメリカと経済的な取引をするためでした。こびを売るというか、アメリカ側が、承認するような服装をすることが、日本が経済的な発展をする上で、必要なことでした。

 そして、スーツとネクタイは、日本人の末端にまで拡大していきます。それは、日本のビジネス宗教の中心地が、スーツとネクタイを着用したので、そこと取引するためには、スーツとネクタイを着用することが、最大の益をもたらしたからでした。

 人々がスーツとネクタイを着る理由はひとつしかありません。それは、スーツとネクタイを着用しなければ、ビジネスの取引の相手をしてもらえないと感じるからです。学生であれば「スーツとネクタイと着用しなければ、会社の面接に合格しない」など。

 金を崇拝する宗教が、世界の中心地にあり、僕たちは、その檀家に服せられているので、スーツとネクタイを着用することを義務付けられています。

 女性から見て、スーツとネクタイがよく見えるひとつの理由は、それは、お金や名誉や富を象徴しているからです。スーツとネクタイがよく見える人は、お金を稼いでいる人を象徴します。

 明治天皇の象徴的な服装は、軍服姿でした。明治天皇は、富国強兵の象徴でもありました。公家の伝統的な服装を脱がされ、軍服を着せられたのでした。

 現代の天皇は、スーツとネクタイを着用させられていますが、これは、ビジネス宗教が、もっとも大きな権威となっていることの表れでもあります。

 「天皇陛下の前にでるには、スーツとネクタイではなくては、無礼である」と人々はいいます。しかし、その発言の中には、天皇の言葉や心は、どこにもないのです。