キリスト教に興味があってインターネットで調べている方へ 第17回 聖書の希望「復活」

 さて今日お話するのは「復活」という希望です。皆さんも復活という言葉を聞いたことがあると思います。その意味は、死んだ人が生き返るという意味です。聖書には、実際に死んだ人が生き返った記録が載せられています。

 「そんな馬鹿な、死んだ人がよみがえるなんてゾンビじゃないか。空想に過ぎない。」。そんな風に考える方も多いでしょうか。「実際にそんなことが起こったことがないから信じることができない。」そんな風に考えるでしょうか。

 でも聖書をよく調べると復活は、なくてはならないものだということがわかってきます。本来人は死ぬはずではありませんでした。最初の人類アダムと悪魔サタンが神に反逆する道を選んだ結果、人は死ぬようになりました。

 エホバが人間に最初に約束されたのは、善悪の木の実を食べないならば、楽園で豊かに末永く暮らすことができるというものでした。けれども、罪がもたらされた結果、すべての人が死んで生きました。悪魔サタンの勝利でしょうか。

 いいえ、神は本来、それ以上の力をお持ちです。神がそれを示すときがきます。イエス・キリストを用いて、現在死んでいる多くの人を生きかえらせるときがきます。

 たとえば、病気や事故など不慮の出来事で死んでしまった人がたくさんいます。人生を生きながらえることができないで死んでいった人がいます。また老いによってすべての人が死んで行きます。年若く死んでしまう人もいます。

 そのような人たちは、復活によって生き返ります。本当にそのようなことができますか。はい、神はおできになります。

 たとえば、眠っている子どもを起こすにはどうすればよいでしょうか。「起きなさい」と声をかけてあげればよいだけですね。そうすれば、子どもは眠りから覚めて起き上がります。これはとても簡単なことではないでしょうか。

 神から見れば、死んだ人はまるで眠っているように見えます。体も脳もなくなってしまいましたが、神は新しい体を造って、呼びかけることで、死の眠りから目を覚まさせることができます。

 火葬場で焼かれてしまえば、人間の目から見ればその人は存在はなくなり完全に死んだように見えます。けれども、神の観点からすれば、まだ生きています。神はその人を覚えておられ、復活させることができます。

 たとえば、聖書には、アブラハムと呼ばれる人がでてきますが、神はアブラハムのことを覚えておられ、アブラハムは死んではいますが、神の観点からすれば完全に死んだというわけではありません。神の観点からすれば、まだ生きています。

 霊魂のようなものが残っているわけではありません。神は覚えておられ、復活させることができるということです。

 人間の観点からは不可能でも、神にとってはすべてが可能です。それで、復活はあるといえます。人間の観点から見れば「復活があることは空想の話」と思いますが、神の観点からすれば「復活があることは真実なこと」です。

 聖書を注意深く調べると、それが本当に本当であることを知ることができると思います。

 では、次回も希望についてお話しましょう。次は「パラダイス」です。

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