キリスト教に興味があってインターネットで調べている方へ 第27回 イエスを通してエホバに祈る

 祈るときにエホバに直接祈っていますか。それとも、イエスを通して、エホバに祈りを捧げていますか。

 ただ、「イエスを通して」という言葉を、祈りの最後に加えているだけですか。それとも、み子イエスが、エホバと共に働いているということを、意識していますか。

 共に働いているイエスを忘れたり、無視してしまうことは、エホバ神から見ると、どう見えるでしょうか。罪の犠牲を捧げて、天にはいられて、エホバのみ前に確かに存在する、み子を忘れるなら、エホバはがっかりされるのではないでしょうか。

 イエスご自身は、創造者であるエホバとは異なる方です。イエスご自身は「わたしは道であり、真理であり、命です。わたしを通してでなければ、父(エホバ)のもとにゆくことはできません。」といわれました。

 イエスは、自分自身を、人間と神の間にある仲介者として意識しているということが、聖書を読むとわかってきます。

 エホバは、イエスメッセンジャーとして、地上に遣わしました。イエスは、神の言葉と呼ばれていますが、これは、まさにイエスが語った言葉が、まさに神の言葉であったということを、比ゆ的に表しています。

 イエスが神という意味ではなくて、イエスを通して、エホバ神は、メッセージを伝えたということです。また僕たちの神への言葉は、イエスの働きによって、エホバの元に伝えられるということです。

 だから、僕たちはイエスを、神と人間の間の仲介者としての立場を認める意味でも、イエスを通してエホバに祈る必要があります。この方を通してのみ、命の救いがあるといわれたイエスを通してエホバに祈る必要があります。

 実際は、僕たちはイエスを忘れがちではないでしょうか。僕たちは父と子と聖霊の名においてバプテスマを受けたということを、忘れてはいけません。イエスは、エホバにとって最愛の子です。エホバはイエスと共に働いておられます。

 イエスを忘れて、エホバの霊を悲しませることのないようにしましょう。イエスを通して、エホバにお祈りすることで、イエスの立場を認めているということを、表明できます。

 続く。

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