組織という言葉の使い方を普通の用法に戻したい

 エホバの証人では、意図的にか、習慣的になのか、組織という言葉に大きな意味を割り当てる兄弟・姉妹がまだまだ多くいるように思える。その結果、多くの兄弟・姉妹やエホバの証人を外から見る人に大きな誤解を与えているように思える。

 特に、エホバと組織を同列に並べるよう仕方で、祈りの中に含めたり、発言に出したりすると、多くの人はきっと誤解をするでしょう。巡回監督や長老は、本人に気持ちがないのにもかかわらず、割り当ての話しの中で、組織に対する感謝を述べさせようとする傾向があります。

 大会の実演などで、組織に対する感謝が含まれていないとそれを含めさせるようにする傾向があります。そしてこれは、実演やインタビューを受ける人が意図していないので、盲目的なものです。

 組織という言葉は非常にあいまいです。その使い方について、長老も巡回監督も特に理解できていないように思える。ただ水戸黄門の印籠のようにその言葉を使っているように思えるときがある。ふるいにかけること、踏み絵を置くこと、錦の御旗を掲げること、そのために組織という言葉を使っていませんか。

 組織という言葉は「同じ目的を持って活動するグループ」のことです。ですから「組織に従う」とよく言いはしますが、国語の文法として間違っている。意味もあいまいだし、何を言っているかがわからない。でも兄弟・姉妹たちは盲目にその言葉を使う傾向がある。「組織の導き」とか言っていることの意味がわからない。「エホバに従う」とか「エホバの導き」といったらいい。

 みんなが習慣的に使っているからとか、みんがないっているからという理由で、よくわからないまま使わないほうがいいと思う。「組織はすばらしいですね」とかいわないでも「エホバの証人っていいですね」といえばいいと思う。

 なんで僕がこんなことを言うかというと、エホバの証人は、組織崇拝だと誤解しちゃう方がとても多くいるということ。つまり、組織っていう言葉のために、つまづく人がいるってことなんだ。僕はエホバの証人がグループとして活動することは否定していないから、組織があること否定しているわけじゃないです。

 そうじゃなくって、組織という言葉に強い意味づけをすると、それによって組織崇拝していると思う人がいるから、それでいらいらしたり、つまづいちゃったりする人がいるのが嫌だとうことです。

 組織という言葉を「同じ目的を持って活動するグループ」という普通の意味に戻しませんか。文法的に変な日本語を使ったり、盲目的に使ったり、祈りの中で、巡回監督や長老によく思われるために意図的に含めたりしたりするのをやめにしませんか。