みんなと同じでなくても大丈夫

 エホバの証人の兄弟・姉妹の多くは、自分の子供に対しては、学校でひとりぼっちになっても、忍耐するようにと教えるのに、会衆の中では、自分がひとりぼっちになることを過度に恐れて、同調圧力に協力的だと思います。

 自分が会衆で異なる振る舞いをしたら、他の兄弟・姉妹から自分がどう見られるかを想像してみてください。もし、それが、恐怖におびえるものでしたら、自分の子供を同じ目にあわせるのは、やめてください。

 葬式の儀式に参加しないということで、皆さんは、村八分のような状況になって、苦しんだことがあるのは、覚えているでしょう。信仰の自由のために闘ったのでしょう。では、それではなぜ、エホバの証人になった後に、他の人の信仰を否定するような行為や村八分に加担しているのでしょうか。

 せめて、悪を行っている長老や、悪を隠している可能性のある長老に見方するのはやめてほしいと思います。あなたが事情を知らないのであれば、長老の言い分だけを鵜呑みにするのではなくって、双方の言い分を聞いてほしいと思います。

 長老が無視せよといったとしても、それはおかしいといえるようになりましょうよ。事情を知らないのであれば、当人を冤罪で苦しめているだけなのかもしれませんよ。それを放置して、宣教奉仕に出かけている場合ですか。

 僕は、みんなと同じでなくてもよいということを、言いたいと思います。大きな声を出して、あの兄弟は変だとか、あの人のここがおかしいとか、言っている兄弟・姉妹がいれば、ぜひ注意してあげてください。その人は、周囲を自分と同じ考えにしたいだけです。