嘆き悲しむ者は幸い

 今の自分の状況に悲しんでいる人はいますか。生い立ちゆえに差別やいじめを受けてきたなら、その心は悲しみで沈んでいるかもしれません。しかし神は、不公正な方ではないので、その状況をさらに鞭打ったりはしません。

 邪悪な世は、悲しんでいる人たちをさらに追い込みます。しかし、神は、そうではないのです。神は慰めを与えます。そのようにして、公正がなされるようにするのです。

 イエスは、こういいました。

嘆き悲しむ人たちは幸いです。その人たちは慰められるからです。
(マタイ 5:4)

 嘆き悲しんでいる人の心には、ぽっかりと穴が空いています。でも、どうか自分を不幸な人にしたり、消極的に考えるのではなくって、自分は、その穴を神や他の人からの慰めによって、埋めてもらえるのだと考えませんか。

 僕たちは、まだだれひとり、完全なものを得られてはいません。それゆえ神や他の人たちからの慰めが必要です。けれども、それゆえに、お互いを気遣いあい、補完しあい、その関係から恵みを受けます。

 自分だけではなくって、他の人も、外面からは知ることができないかもしれませんけれど、悲しみを背負っていますよ。だから、意固地にならずに、慰めあうことを行っていきませんか。