ひげとイスラム、スーツ・ネクタイとアメリカ合衆国

 アラブの人たちは、立派なひげを生やしています。それは、国の指導者であっても、ひげを生やしています。いっぽう、アメリカの大統領は、ひげをそり、スーツを着、ネクタイを着用しています。

 アメリカが、自由の国であるというのは、ダブルスタンダードで、ある面では、自由であるが、ある面では、不自由です。エホバの証人の長老が、いかに服装にうるさいのかということを、エホバの証人である人たちであれば、しっているでしょう。

 日本の長老もうるさいが、アメリカの本部ベテルにおける服装はもっとうるさい。それは、アメリカ合衆国のブルックリン、お金を持ち、ステータスを持っている人の文化でもあります。

 スーツとネクタイというのは、実際のところ、従属のしるしなのです。富とステータスに服せよという、従属のしるしです。なぜ日本人は、日本人としてのフォーマルな服装をせずに、アメリカ人のような服装をしているのか。それは、富と特権を得るために、アメリカに従属しているからです。

 彼らアメリカ人は、結婚式と葬儀のときまでも、ネクタイと黒いスーツを日本人に着用させた。もちろん、アメリカ側というよりも、日本人が進んで富のために、奴隷として服したのですが、それを暗黙的に誘導したのは、アメリカです。あなた方が、自主的に決定したのだというものみの塔協会に似ている。

 アメリカ人やイギリス人は、他国の人間に自分たちと同じような格好をさせていることについて、一度考えたほうがよい。服装というのは、その国の風土に結びついて発展していくべきなのに、今では、服従のしるしとなっている。

 風や雨、季節や風土、それが、食べ物や服装を決める主要因であり、それここそが、文化であるのに、彼らは、人の国の文化を侵略しておいて、罪の意識もない。もちろん、アメリカ人だけを責めるわけにもいかず、日本人自身が、売国奴なのでもあるのですが。クリスマス、バレンタイン、ハロウィーンのうかれさわぎ。七夕、月見、節分のほうが、1000倍よい。

 反対の立場で考えれば、日本人が富とステータスを持っているとする。そして、外国人が、富を得るために、着物を着て日本にすりよってくる。日本人は、この外国人は、着物をきて、日本文化を愛してくれているなどと錯覚を起こす。そして、その外国人は、自分の国に帰って、着物文化を自国に取り入れて、ビジネスで、強制するようになる。

 世界中の人が、寒い国でも熱い国でも、日本の富にあずかるために、着物を着るようになる。スーツとネクタイが、病原菌のように、世界中に広まっているということは、すなわちそういうことだ。生まれたときから、あまりにもどっぷりと、洗脳とマインドコントロールにかかっているので、その不自然さに気がつかない。

 そのような世界では、ひげを生やしたイスラムは、偏見を持たれ、底辺におかれ、貧困に沈む。イスラムの慣習が、効率的に儲けるということと合致しないので、イスラムは貧困に沈む。偽善的なキリスト教は、他国の文化を侵略しておきながら、自分たちの罪に気がつかない。

 奪い取った富を蓄積し、戦争を繰り返しながら、自由、人権、人類愛などといっている。そんなことをいうなら、まず、最初に、スーツとネクタイを高め、ひげを低める、心の狭い感情を、見直したほうがよい。それこそ、アメリカ白人への崇拝、アラブ系の人への偏見を生んでいる。

 ヤコブへの手紙。

わたしの兄弟たち,[人を]偏り見るあなた方は,わたしたちの栄光である,わたしたちの主イエス・キリストの信仰を保っていないではありませんか。というのは,指に金の指輪を幾つもはめ,きらびやかな衣服を着た人があなた方の集まりに入って来るとします。また,汚れた衣服を着た貧しい[人]が入って来ます。ところが,あなた方はきらびやかな衣服を身に着けている人に好意を示して,「あなたはここの良い場所に席をお取りください」と言い,貧しい人には,「あなたは立っていなさい」とか,「そこのわたしの足台の下の席に着きなさい」と言います。 これではあなた方は,自分たちの間に階級差別を設け,よこしまな決定を下す裁き人になっていることになります。そうではないでしょうか。
(ヤコブ 2:1-4)

 ヤコブは、服装に関して、階級差別をもうけることを、強く批判しています。服装によって、人を、偏り見ることは、キリストへの信仰を保っていないとまでいいます。偏り見ることは、よい実を生み出さないのです。