ものみの塔協会は、白人優位主義的な歴史があると思う

 エホバの証人研究さんのところで、挿絵について記事が書かれていました。

 最初の挿絵は、イエスが杭につけられた場面で、左には悔い改めた罪人、右には、悔い改めなかった罪人が書かれています。

なぜイエスキリストはイケメンの白人なのか?
なぜイエスと左側の人だけひげを剃っているのか?
なぜ右側の人だけなんだかバカ面なのか?
挿絵に陰謀発見!(エホバの証人研究)

 これは面白い考察で、よい人というのが、ひげをそった白人として描かれていて、悪い人というが、ひげをそらないなんだかばかな顔をした人としてかかれています。

 ものみの塔協会というのは、実は少し前の歴史をたどってみるとアメリカ・イギリス、白人、上流階級」とうイメージを、人間のよいイメージとして思い描いていたんだと思います。

 もちろん差別している意識というのはないと思うのですが、差別感情は表面に現れ出てきます。

 研究用ものみの塔にも、きちんとした格好という説明と必ずセットになっているのが、スーツとネクタイですね。だから、統治体は今でも「アメリカ・イギリス、白人、上流階級」というイメージを人間のよいイメージとして、考えているのだと思います。

白人で、ネクタイにスーツの人が、取り囲まれている

 ふたつめの指摘も面白いですね。

白人をとりまく謎の集団
(エホバの証人になりたくなる写真)

 実際としては、集会に民族衣装でやってきたら、どんびきされ、注意されます。実際にこういう場面を見ることができるのは、国際大会という場所だけです。

 だから、エホバの証人にはダブルスタンダードがあって、あらゆる民族が平和と一致を保っているということを、周囲に伝える国際大会においては、民族衣装は許されますが、普段の場所では、白人の上流階級が好む格好である、スーツとネクタイをしないといけません。

 統治体は、アメリカとイギリスを憎んでいますけれど、実際は、あこがれているのであって、だから、アメリカ・イギリスの白人の上流階級が好む格好である、スーツとネクタイにあれほどこだわっているのだと思います。意識的か無意識かはわからないですけれども。

 日本人のスーツとネクタイの起源を考えるならば、その格好が、アメリカのビジネスマンに好まれる格好だからです。アメリカ人と経済的な取引をすることにおいて、アメリカの白人が好む格好をすることは、アメリカ人から見て好意的に写ることでしょう。

 同じ構造が、日本支部、統治体、日本の会衆にもあります。トップは、アメリカの白人が多数を占める統治体です。日本支部の人は、統治体が好む格好を自ら行います。けれども、統治体はそれに気づきません。権威において上にある人は、そのことに気づくことができないのです。

 その習慣は、会衆の下の部分にまで流れてきて、固定されます。そして、理由もわからず、いつのまにか、スーツとネクタイが、神聖な崇拝に適した格好なのだという考え方が、会衆の中に広まります。何の根拠もないのに、多くの兄弟・姉妹が信じる信仰になります。

 日本人の日常的な格好とずれているという感覚が、どんどん薄れていきます。