ローマ人への手紙

やっぱり、レッテル貼りや、謝罪要求は、良い結果にならない

僕は、何回も何回も書いているけれど、やっぱりレッテル貼りは、よくない。あわせて、謝罪要求もよくない。レッテル貼りよりは、問題の具体的な指摘、解決策を語るほうがよいし、謝罪要求よりも、状況の改善を語ったり、可能な譲歩について語ったほうがよい…

信仰によって義と宣せられる

義とはなんでしょうか。それは、正しいということです。「義に飢え渇く人は幸い」とイエスは、いいましたけれども、これは「正しいことを求める人は幸い」という意味です。 正しさとは何でしょうか。正しさと不正を分ける基準はどこでしょうか。その基準は、…

たゆまず祈りなさい

祈ることは忘れてしまいがちだ。ひとりひとりの祈りに、神は耳を傾てくださる。そのことを忘れてしまいがちだ。祈りには確かに力があります。祈りに、奇跡的な力はないですけれど、思いの力は、かなえる力になります。 僕は、弱くなったときは、よく祈ります…

ローマ8章19-20節 神の子たちの表し示される

僕は、エホバの証人のいくつかの聖書の解釈は見直される必要があると考えています。特に問題があるのは、統治体は、聖書の言葉を、二つのグループに分けて当てはめようとする傾向があるということです。 聖書を読むとある言葉は、ひとつのグループに、他の言…

自らよしとしている事柄について自分を裁かないでよい人は幸いです

もしある振る舞いや格好が、神のみ前で、何一つ罪の要素を含んでいないという確信があるなら、聖書がそのことを罪に定めていないということを知っているなら、そのことで自分を裁く必要はないです。 あなたの抱く信仰は,神のみ前で自分自身にしたがって抱き…

信仰に弱いところのある人たちを迎え入れなさい

聖書では、信仰に弱いところのある人たちにどのような態度を示すかということに関する指針となる聖句があります。それはローマ人への手紙の中でパウロが言っている次のような聖句です。 信仰に弱いところのある人を迎え入れなさい。 (新世界訳聖書 ローマ人…

愛は律法を完全なものにする

キリストのくびきは軽い。軽い理由は新しいおきてにあります。新しいおきてというのは愛の律法のことで「互いに愛し合いなさい」ということです。 愛の律法は、書かれた律法を完全なものにします。たとえば「殺人をしてはならない」という律法は、愛の律法の…

死ぬべき体をも生かしてくださるのです

僕たちエホバの証人のほとんどの人が抱いているであろう希望。それは復活の希望です。この復活は、地上で起こり、実際の体をともなったものです。 僕たちの体というのは、アダムが犯した罪のせいで、その罪を受け継いでいます。アダムが犯した罪は、アダム自…

互いに愛し合うことのほかはだれにも何も負ってはなりません

イエスは、地上にこられたとき、律法の中で最大のものはなんですかと聞かれたとき、それは「神への愛」と「隣人への愛」だといわれました。 さらにイエスは弟子たちに新しいおきてを与えます。それは「わたしがあなた方を愛したように、あなたがたも互いに愛…

上位の権威はクリスチャンにとっては神の奉仕者

僕たちエホバの証人は、集会や奉仕活動に参加していますが、半分以上の時間は、普通のお仕事をして生活しています。自分の生活や家族の生活を仕事をして支えながら、伝道活動にも取り組んでいます。 ほとんどのエホバの証人は、会社に雇用してもらって、そこ…

人をもてなすことに努めなさい

おいしい食事を食べるとお腹がいっぱいになって幸福な気持ちになります。レストランへいって、おいしい食事をした後に食べるデザートのケーキなんかは本当においしいですね。 仲間と食事をするということはとても楽しいことであるとともに、気持ちの面でも支…

築き上げることを目標にする

わたしたちは普段、たくさんの批判的な言葉をたくさん耳にします。ニュースを聞いてみましょう、コメンテーターはいつでも、だれかの批判をしています。批判の対象は政府であったり、大企業であったりします。 インターネットを見てみると、きっと批判的な態…